私は好奇心の強い女、いや男か。
I am Curious - Yellow
●70年代の洋ピンを巡って起きたことは現在、詳細に知るよしもない。
当時、日本に輸入されたこのテの作品は、カットや修正によって
オリジナルとは似ても似つかない内容にアレンジされ、
リアルタイムで劇場に足を運んでいた人達は、その検閲ぶりに嫌気がさし、
次第にこのジャンルから遠ざかって行ったと聞く。
海賊ビデオが現れる80年代など、遠い想像の彼方だった時代の出来事。
実際、80年代に入ってビデオ・ソフトへの需要が急速に高まり、
有象無象の映画がビデオに変換されていっても、70年代のポルノ映画は
相変わらず冷遇され続けた(いや、一度だって陽の当たる場所に出てきた
ことなんてないだろうが)。例えば「ラビッド」でホラーファンから熱い視線を浴びた
(本当か?)マリリン・チェンバーズが主演した「グリーンドア」は、
満を持して、にっかつさんからリリースされたが、セールスは全く振るわず、
以後、同様の作品にはヒットの見込みがないと、
今でも関係者諸氏の洋ピンへの関心は薄い(当然の話)。
それでも大小様々な会社が、しかも変名に近いレーベルを用いて、
無計画に、買い手のことなど当然、お構いなしに作品を発売した結果、
洋ピンに関しては、一体何の映画が何本くらい市場に出まわり、
そしてどれくらい破棄され姿を消して行ったのか、
今となっては全てが一切不明の、恐るべき無秩序状態にある。
だからこそ、逆に中古屋の棚でひっそり眠る映画を発掘する楽しみは
既に評価が定まった古臭いカルト映画や、ホラーやゴミ作品を
漁るよりも、少しは胸踊る気がする(という嘘を軽くついてみました)。
まだ見ぬ、伝説の作品に出会う千載一遇のチャンスに賭けて、
一度は棚を漁り尽くしたビデオ屋に、今日も疲れた足を引きずって
嫌々ハンティングに出かけるのである。人は、それを暁と呼ぶ。
祝!劇場再上映!!(文字通り、小さく祝ってみました)

私は好奇心の強い女 (1967)
JAGAR
NYFIKEN-GUL
I AM CURIOUS-YELLOW [米]
1967年度/スウェーデン映画/日本劇場公開:71年4月(配給:東和)
カラー・121分/2001年・リバイバル公開(にっかつ)
<キャッチ・コピー>
1967→2002 LOVE解禁/時代が、いまやっと彼女に追いついた!
製作会社:サンドリュー・フィルム=シアターABプロ
監督・脚本:ヴィルゴット・シェーマン
製作:イェラン・リンドグレン
脚本:ヴィルゴット・シェーマン
撮影:ペーテル・ヴェステル
音楽:ベント・エルンリド
出演:レナ・ナイマン(レナ)/ボニエ・アールステット(ボリエ)/
ペーテル・リンドグレン(ルネ)/クリス・ウォルストロム(クリス)/
マグヌス・ニルソン(マグヌス)/マリー・ゴランゾン(マリー)/
ハンス・ヘルベルト
●物語
22歳の女子演劇学生レナは、とにかく好奇心の強い女性。。
行動力に溢れた彼女は、「491」という作品で初めて共同作業を
体験して以来、恋人となった42歳の映画監督V・シェーマンとの新作を
製作する準備に取りかかる。同じ演劇学生のルネやマグヌスと共に、
マイクとテープレコーダーを片手に街へと飛び出し、
あらゆる人に様々な質問をぶつけていく。
スウェーデンの階級性について、労働運動について、
ベトナム問題について・・・。
続いて撮影クルーはスウェーデンの文部大臣オロフ・パルメの自宅を訪問。
難しい話に熱弁を振るう大臣を尻目に、隣の若い俳優に夢中になるレナ。
その晩は、たまたま見たキング牧師の対談映像には感心しきり、
すっかり非暴力主義、平和主義の信奉者になってしまう。
それに反対する者をなじるように街頭演説を行うレナ。
彼女の父親はかつてスペイン戦争に参加した男だったが、
今は何の信念も持たず、レナに軽蔑されている。
ある日、父親が連れてきたボリエという青年と自室で
性関係を持ったレナは、早速彼にマイクを向ける。
ボリエは自動車のセールスマンで、完璧な現実主義者。
しかし、彼とのセックスもレナにとっては重要な研究課題。
やがて現実と日常に疑問を抱いたレナは山の中で隠遁生活に入る。
追ってきたボリエとのセックス、なじり合い、そして再びセックス。
レナは再び家へと帰る。疑問はまだまだ尽きない。
シェーマン監督は別の女優を使って映画を撮ることを考え始めたが、
レナの中で、何かが成長したことだけは確かな事実だった。

●解説
1968年に発表された本作は、その斬新な手法と現代の世相を
赤裸々に切り取るテーマで絶賛を浴びると同時に、
奔放な性描写が大変な論争を巻き起こした問題作。
本国スウェーデン以外では、デンマークを除いて
完全版が公開されることはなく、同じ北欧でも
ノルウェーやフィンランドでは上映禁止となり、
フランス、ドイツでは一部をカット、アメリカでは
上映を巡って知識人たちを巻き込んだ裁判沙汰に発展し、
最終的に勝訴を勝ち取り、ポルノ解禁の先駆的作品となった。
(実際には州毎に異なるバージョンが上映されたという)
日本では万国博の国際映画祭で、なんと45ヵ所をカットして上映。
轟々たる非難を浴び、公開のメドも立たない状態だったのを
ようやく71年になって一般の目に触れる運びとなった。
2002年のリバイバルでは、一応ノーカット完全版という振れ込み
(4ヵ所を修正)で公開されるが、どんな反応を得るか楽しみだ。
監督のヴィルゴット・シューマンは文学者出身。
ベルイマンに見出されて、彼に弟子入りする形で映画界に入った
シューマン監督にとって本作は5本目に当たる。
登場人物の大半は実名で登場し、旧ソ連の詩人エフトシェンコが
詩の朗読を行ったり、当時の文部大臣オロフ・バルメが登場したりと
話題に事欠かないセンセーショナルな作りになっている。
なんだ、新作紹介のページか・・・いや、違います。
この映画にはもう一つの顔があったんです。それはこちら。